ー乳がん闘病記ー

その1
告知〜手術〜退院



2002年7月30日  涙の細胞診
発表会も終わり、意を決して市立病院に行く。どこの科に行ったらいいのかもよくわからず不安・・・
付き添ってきた母にうながされ、病院の受付で尋ねたところ外科だという
婦人科じゃないのね・・・そんな認識しかないままに順番を待ち診察へ。
いきなり細胞診を受ける。
痛いなんて、もんじゃない。ふとん針みたいなぶっといのを胸につきさされるのだ。しかも2回も!
「はい、もう1回です」って言わんでもいいわい、うぅ〜痛い、ホント痛い、、、、、

今から考えると初診で細胞診されたって時点で「癌」の疑い濃厚だよね・・・
でも、まだまだ半分くらいは「きっと乳腺炎かなんかだわ」って思ってた。思い込もうとしてたのかも。


2002年8月7日   癌宣告記念日(笑)
前回の検査結果を聞きに行く。またしても母付き添い。
検査結果を聞く前に、マンモグラフィーとエコーの検査。
おそらく最後の確認? てか、細胞でわかってるだろ、と後から思ったけど。

外科で呼ばれていくと、前回とは違う先生。ちょっと偉そうな感じ。
「え〜結果から言いましてね、癌ですね」(あっさり・・・)
「はぁ・・・」(言葉が出ない・・・)
やけにあっさり言われちゃって、なんかどうしていいのかわからなかった。
「どうしますか?ここで手術しますか?」と聞かれ
他にどうしたらいいのかもわからないから、とりあえず「はい」と。
看護婦さんに入院はベッドの空き待ちであることなどの説明を受けるが
なんかボーっとしてしまって、あまり記憶がない。

でも、待合に出てきて母の顔を見た途端がーっと涙が・・・・・
後にも先にも病気のことで母親の前で涙を見せたのはあの時だけだな。


でも、すぐに気を取り直して、とりあえず入院の手続きをして病院を出る。
普通に病院の前の喫茶店でお昼を食べる・・(笑)
そして夫にメール「やっぱり癌だったよ・・・」絶句・・・

午後は普通にレッスン入れてたから一回家に帰ったけど
なぜかバスの中で涙が止まらなくなった・・・

それと、音楽教室でSさんと店長に説明するときにもちょこっと涙・・・
でもすぐ生徒が来ちゃったからね、気持ち奮い立たせてレッスンしました。

で、夜、夫、両親と話し合って、別の病院でも診てもらうことに。
母の知り合いの娘さんが医療関係のライターをやっているとうことで専門の先生を紹介してもらう。

正直このときは「もう、どうでもいいよ。どこで診てもらったって一緒じゃん」と思ってた。
でも、今思うと現在の主治医であるK先生に出会えて本当に良かった!



2002年8月8日   K先生との出会い
夫と一緒に紹介された病院に行く。(この病院には現在も月一で通っている)
K先生に診察を受ける。
優しいという感じではなく、どっちかっていえば事務的に思えるほど。
でも、話しが非常にわかりやすく、一瞬で、「あ、この人になら任せられるな」という気がした。
特に、市立病院ではまったく話してくれなかった術後のことを丁寧に説明を受けたのが印象的。

とはいえ、癌であることには変わりはなく
しかも、私の状態では温存も難しい。残すということは手術をしないに近いと言われる。
でも、もうこのときには心は決まっていた。
「先生に執刀していただきたいので、一番早くに先生に手術を受けられる日はいつですか?」と聞く
お盆休みがあるから最短で19日の手術になるという。
「それでお願いします!」(即答)

帰りに「乳がん患者のために」というようなリーフレットをもらう。
これからの治療のことが事細かく書いてある。
ようやく、私癌なんだ、大変なことなんだ、という実感がわく。
とくに、「手術後の10年生存率」という言葉にショックをうける。
もしかしたら、あと10年生きられるかわからないっていうことなんだ。。。
そう思ったら怖くて怖くてしょうがなくなってきた。

2002年8月14日   入院前説明&手続き
前日に市立病院で借りたレントゲン写真を持って、母と一緒にK先生のところへ。
どのような手術になるのか、もう一度図入りで説明を受ける。
マンモグラフィーにははっきりと石灰化した癌が写っていた。
これをとらないと、なんだね、、、自分で納得。

看護婦さんに入院の説明を受ける。
個室か二人部屋くらいがいいかと思っていたけど
「たくさんの先輩患者さんがいるから、大部屋の方がいいですよ。一人だと落ち込むこともあるし」
というアドヴァイスをうけ、値段も安いし大部屋に決定!

今思うとホント大部屋でよかった!

2002年8月16日   入院
本当なら手術の前日に入院なのだが、月曜日手術の場合は金曜日入院になるという。
どうやら土日は麻酔科の先生の説明を受けられないから、という理由のようだ。
でも、一日でも早く切ってしまいたい気分になっていたので、そんなことはどうでもいい。

人生で初めての入院。
というか、今まで大きな病気も怪我もしたことないから、手術どころか点滴だってしたことないし(苦笑)
それに右の乳房がちょっと張っていることを除けば、全然元気な感じで、
「私は本当に癌患者なのか?」と不思議に思う。

K先生はお盆休み中なので、代わりに若い女性のS先生が診察をしてくれる。
可愛い先生だ。ゴス友さんのBちゃんに似てるぅ〜などと思う。お気楽。。。
さらに、担当になった看護婦のOさんもサバサバしてていい感じ。
人に恵まれることにはちと自信がある私。ここでもその能力をいかんなく発揮!?(笑)

手術前に肺活量の検査をするが、これが、、、苦手なんだよ、、、
どうやってもうまく息が吐けない・・・(汗)
検査技師さんも困った様子で、でもできないと麻酔のときにまずいらしい・・・
たぶん普通の3倍くらい時間がかかったけど、なんとか終了・・・
ぐったり疲れる(ようやく病人らしくなる・・笑)

夜はさすがにちょっと寂しい、、、夫からメール「退屈か?」
でも実は翌日土曜日は病院にいてもしょうがないので一時帰宅できるのだ。
一時って、、、今日入院したのに、、(爆)

2002年8月18日   手術前夜
一時帰宅から病院へ戻る。
大阪からお義母さんも来てくれる。ありがたいが、申し訳ない。。

皆が帰るとさすがの私も気分がDOWN↓
ゴスを聴いて気分を変えようと思ったが、
『NO MORE TEARS』など聴いてしまい号泣。。。。。・°°・(>_<)・°°・。

全然寝れない・・・と思ったけど、いつの間にか寝てしまった・・・(笑)

2002年8月19日   手術記念日
いよいよだ。 午前中の手術なので、9時には部屋を出る。
手術はおおむね2時間半くらいだとか。
本格的な麻酔の前の筋肉注射をお尻にする。
相当痛いと聞いていたのに、そうでもない・・(爆)
それより、夫、両親、お義母さん、たくさんの人が来てくれて 嬉しいんだけど、恥ずかしい。。。
看護婦さんにも「たくさん来てくれてていいですね」などと言われる。
確かにその後見てた限りではそんなにたくさんの人が手術前に来てる人はいなかった・・(汗)

筋肉注射をしたら少し朦朧とするはずだが、全然しない、、、あれ?と思っているうちに
担架みたいので運ばれる・・・手術室へと向かう。
いよいよ、まさにこれぞ、まな板の鯉だな、などと思っているうちに手術室前に到着。
ここで、皆とはお別れ(当たり前)
夫が「頑張れよ」って髪の毛をなでてくれた・・・
そんなに優しくしてくれんなよぉ〜泣けてくるじゃんかぁ〜(π0π) ウルルルル

手術台に乗る。
上を見ると、ドラマでよく見るまあるい光がいくつもある。。。
「ドラマと一緒だぁ〜」
点滴で麻酔をするので腕に針を刺す。これが結構痛かった。。。
そして、それが手術前の最後の記憶。。。。。

「○○さ〜ん」名前を呼ばれてる・・・
ん?あれ?なんか腕がだるい・・・どっか痛い・・・なんだろ・・・
と思って目が覚めると手術が終わっていた。

でもその後部屋に帰るまでのことは記憶にない。
一旦目覚めたものの、麻酔がなかなか抜けずに苦労する。
気持ちが悪い・・・水を飲むがもどす・・・
そして右腕が異常にだるい。とにかくだるい。。。
母が揉んでくれるのだが、とにかく「痛い、痛い」と騒いでいたらしい。
記憶なし。

夜中、傷の痛みと管から尿が出なくて苦しいので、看護婦さんを呼ぶ。
痛み止めの座薬を入れてもらい、管から尿を出してもらってようやく少し楽になった。
ちょっと寝れた、と思う。

2002年8月20日   術後1日
朝目覚めると、世界が変わっていた、、、
なんてことは全然なくって、普通に生きていた。今までどおり生きていた。(笑)

内臓を切ったわけではないので、もう朝ごはんから普通に食べていいらしい!
しかも問題なければ、デイルーム(食事をとるところ)まで行って食べて来いとのこと。
まったく問題なかったので、同じお部屋のおばさま方とデイルームへ。
朝はパンにしてくださいって頼んでおいたので、
普段家で食べるのと同じようなメニューだ。
パン、卵とウインナー、サラダ、牛乳、、、、、
少しずつ食べてみる、、、うん、結構食べれる、、
昨日手術したばかりなのに、、、やっぱ私って元気だなぁ、、、
なんて思ってたけど、途中からちょっと貧血気味に。
あわてて部屋へ戻って横になる。
でもたいしたことはない。
多少の微熱。。。朝の検温では37.0

2002年8月22〜26日  腹部CT&胸部CT&骨シンチ
この病院では手術後にCTをとる。

だが、このときのCTに関しては、いまひとつ記憶がない・・・
だけど、骨シンチはすごく印象に残っている。

ようするに体の骸骨写真を撮るわけだが
放射線科の検査技師さんしかいないただっぴろい白い部屋のベッドに横になり
動いちゃいけないってんで、簀巻きにされて、そのまま40分くらいじっとしていなければならない。
結構つらい。。。じっとしてるってのがね。。。動きたくても動けやしないんだけどね。

はじめにCTをとった記憶はないが、結果に関してはよく覚えている。
だって、「肝臓に影がある」って言われたんだもん・・・

夕飯後廊下でK先生に呼び止められて、「ちょっとね、影があるんだよね」
「え〜?どうしよぉ〜もうすでに転移してたのかっ?!」
ってことで、もう一回造影剤を入れて検査をすることに。。。
この造影剤がっ!すごかった!
「体が熱くなりますよぉ〜」って言われてたけど
ホントに、薬を点滴で腕から注入した途端に、「ぎゃ〜どうなってんだ、私の体ぁ〜」
って、叫びたいほど全身が━━━━━━━━━━って熱くなって、、
いや、変な話お尻の穴まで熱い感じ・・

そんな経験をして撮った2度目のCT
肝臓にできていたのは癌ではなく、肝血管腫という良性のものでした。
ひょっとして酒の飲みすぎか?と心の中でつぶやいたのは言うまでもない・・(苦笑)
肺や骨にも異常はないということで
改めて、今後の治療計画について説明を受ける。

退院後、外来で抗がん剤(AC)を4サイクル→2泊3日で抗がん剤(タキソール)を4サイクル
→放射線25回照射
→ホルモン療法(LH−RHアナログを4週間ごと皮下注射を2年&平行してタモキシフェン内服5年)
というふうに進めていくとのこと。
すべて終わるまで5年半・・・そこまで再発がなければその後の再発の可能性がぐんと下がるらしい。
まだまだ道のりは長い・・・

2002年8月29日   抗がん剤初体験!
退院する前に一回目の抗がん剤(AC)の点滴を行う。所要時間1時間程度。
これで副作用がひどいようなら外来は無理だから毎回入院することになる。
というか、個人差があるらしいが、副作用があって当たり前・・・
同じ時期に入院して点滴してた患者さんは、
相当ひどい副作用(吐き気や手足のしびれ、、などなど)で ぐったりしていた。
それを見てたから、どうなっちゃうんだろー私。。。って思ってたんだけど
あらら?全然なんともないんだけど・・・(笑)
あまりになんともないので、大丈夫か?これ効いてないんじゃないか?とか思ってしまった。
というわけで、大丈夫そうなので、あさって退院だ。

2002年8月31日   退院
2週間の入院生活だったが、長いような、短いような、、、
とりあえず一生忘れられない2週間であることは間違いない。。。

2週間ぶりの我が家、、、
やっぱり家はいいなぁ〜と思う。
すぐに片付けを始める。
さすがにへばる、、、気持ち悪い、、、くらくらする、、、、、
夕飯は実家で退院祝いをしてくれたが、あんまり食べられなかった、、ごめんね、お母さん。

早速ゴスネットに「復活しました」カキコ
すごいたくさんのゴス友がレスをつけてくれた!嬉しい!
プリントアウトして大切にとっておこう。
皆にメールでお礼を言おう。
あ〜やっぱりゴスがいて、ゴス友がいてよかった!
明日からまた頑張れるぞ!!!!!

さてさて、これからどうやって普通の生活に戻していくか・・・
一日も早く普通にしたい!

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